2010-07-22 22:42 | カテゴリ:読書
 お友達の日記で知った「禅とオートバイ修理技術(上下)」 ロバート M.パーシグ を読み終えた。久しぶりにちゃんと読書したなという感じ。間を開けながらもじっくり味わって読ませてもらいました。。面白い本を紹介してもらい、ありがとうございました。
 読み終えてから1ヶ月以上経っているのだけど、読み終えてから色々考えると面白かったりしたので、ここで夏休みの読書感想文を書かせてもらいます。

●あらすじ

 事実に基づいて書かれた小説。著者は11歳の息子クリスとオートバイで長旅をする。Wikiで調べた生年から考えると、この時の著者の年齢は46歳。(とすると、これはほぼ今の私と私の息子の年齢と同じ。)

 著者は大学で英文学を教える教員だったが、哲学にも造詣が深かった。のみならず、元々の専門は化学。理系と文系をまたぐ凄い才能の人だったと思われる。しかしやりたいことを追求するが故の周囲との衝突、転勤、無理な思索。著者は精神の病にかかってしまう。そしてしまいに電気ショック療法を受けることに。以降、かつての攻撃的な性格は無くなるが、かわりに過去の記憶も失ってしまう。

 記憶を失ってからの著者のことはあまり詳しく書かれていないが、夏の日、友人夫妻と息子を連れだってオートバイ旅行に出ることを思い立つ。旅先では、かつて住んでいた大学のある街にも立ち寄り、旧友にも会い、それらを通じて著者の失われた記憶は少しずつ蘇ってくる。

 記憶を失う前の著者のことを著者は「パイドロス」と呼んで対象化している。パイドロスはプラトンの著作の名前であり、プラトンの対話者の名前だが、これとは直接関係なく、むしろこのギリシア語が示す「狼」という意味のほうを重ねあわせているようだ。「パイドロス」は優秀であるが荒々しく、攻撃的な性格であったことは、記憶の端々や昔の友人との再会の中で少しずつ明らかにされていく。

 途中、「シャトーカ」と呼ぶ著者の講義が何度も入る。というより、この本の半分くらいは「シャトーカ」なる哲学的思索の記述と言って良い。著者が「クオリティ」と呼ぶ概念を中心に、オートバイの修理技術に関する思索も展開される。
 (電気ショック療法で記憶を失った男が後ろに11歳の息子を乗せアメリカの荒野をオートバイに跨り疾走する。そしてムツカシイ哲学の思索をする。読んでいて少し心配になる。)

 パイドロスの記憶は最初はおぼろげに、しかしだんだんとはっきりしてくる。そして、最後に著者は息子クリスとの対話の中でパイドロスと統合される。記憶は蘇り、著者のものとなったのだ。その言葉はゴチックの太文字で記述され、それまでの記述とは区別されている。最後にはそのゴチックの太文字で極めて前向きな宣言がなされ、締めくくられる。

 ちなみにこの本の序文は、本文が出版されてから十年近く経ってから書かれている。序文では、クリスが成長し、22歳で路上で物盗りに襲われ亡くなったこと、ちょうどその時、再婚相手との間に子どもが出来ていたが、著者は堕胎しようとしていた。息子の死を聞き、それを思いとどまったこと。その子が女の子として産まれたことが書かれている。序文の最後では、その娘さんが著者のタイプライターではじめて遊んで残したランダムな文字がそのままの形で活字として記述されていて胸がつまる。
 
※MIXI日記より転載

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