2014-01-12 00:38 | カテゴリ:音響
 以前、西岸良平の「三丁目の夕日」シリーズで、オーディオマニアの若い工員さんの話があった。食うモノもろくに食わずにお金を貯め、高いオーディオ機器を買うことが生き甲斐。自宅は木造アパートの小さな和室。
 そこにものすごく豪勢なオーディオ機器が置いてある。それでも飽き足らずに、さらに高級なオーディオ機器を買うべく、ついに昼飯まで切り詰める始末。

 とうとう栄養不足で職場で意識を失い、入院。入院先の病院で目覚めた彼は、病室の窓から聞こえてくる鳥のさえずりに耳を傾けながら、オーディオにのめりこんでいた自分を省みる。ああ、なんて自分はバカだったのだろうかと。

 退院した彼は・・・・・オーディオマニアではなく生録マニアになって鳥の声を録りまくるようになった、というオチだった。

 実際、70年代のステレオブームの頃には、そんな感じの若い人が結構いた。四畳半の和室に、釣り合わないくらい大きなステレオ装置を買い込み、好きなレコードを自宅で聴く。私の子どもの頃、同じアパート隣の部屋に住んでいた男性もそうだった。遊びに行くと自慢気にステレオとレコードのことを教えてくれた。

 趣味ではなく、仕事としてオーディオ機器を修理するようになったのは1983年だったけれど、外回りで色々なお宅に伺うと、やはりそんな感じのオーディオ好きに出会うことが良くあった。

 狭い和室に、とんでもなく大きなJBLのスピーカー。100Wのアンプ。何十キロもあるレコードプレーヤーが部屋を占拠している学生さん。修理が終わって、テストのために音出ししようと私がボリウムを上げると、

 「あああ!やめて下さい。」

 青い顔をしてボリウムを下げるユーザーさん。聞けば隣の部屋に音が筒抜けなので、大きな音が出せないという。巨大なJBLのスピーカーを、いつも蚊の鳴くような音で聞いているとのこと。

 「うーん。勿体ないですねえ。」

 思わず私がつぶやいてしまうと、

 「いや。そのうちにこのステレオがガンガン聴ける部屋に引っ越すのが夢ですし、それが目標なんです。」

 なるほど。それは確かに自己啓発のためにいいことをしているのかもしれないですねとその場では納得したのだった。東大生と言っていたので、たぶんその夢は果たせたのではないかと思う。

 しかし冷静に考えると、西岸良平の漫画ではないけれど、生活とオーディオ趣味とのバランスが良くないなあと思った。将来に向けて今から立派な機械を買っておくのはいいけれど、「今ここで」音楽が楽しめないというのは、どんなものなのだろうと思った。

 3年間の修理業務では、そのユーザーさんだけでなく、他にも沢山のバランスがよろしくないなと思うユーザーさんに多数出会った。そうしたユーザーさんに限って、持っているレコードは少なく、松田聖子とかサザンオールスターズとか、歌謡曲のレコードが多かった。

 逆に、素晴らしくバランスの取れた、いい音を出している客先に出会って目からウロコが落ちたこともあった。

 ユーザーは原宿のブティック。変形した三角形になっているような間取りの店。床はフローリングで音が良く響く環境だった。カセットテープデッキの修理が終わって、テストのために音を出してみた。

 アンプはQUADのミニアンプ。スピーカーはBOSEの101という小型スピーカーを天井から吊してあった。QUADは高級ブランドだけれど、ミニアンプだからスペックじたいは大したものではなく、BOSEのスピーカーも安価でどこでも入手できた普及機だった。

 音質にはまったく期待していなかっただけに、実際に出てきた音を聞いたときには驚いた。カルテットのジャズだったけれど、残響の強い部屋全体に音が自然に広がり、どこに居ても心地よい音が聞けた。もちろん、音場の定位はあやふやだったけれど、そこで楽器が鳴っている、という感じ、それぞれの楽器のセパレーションはあって、フレーズもよく聴き取れた。何より、音に品があった。

 店長さんは不在だったので詳しいことは分からなかったけれど、QUADのアンプを導入するくらいだから、おそらくオーディオのことをよく知っている人が機器のセッティングをしたのだと思う。
 小さなオーディオシステムでも、部屋とのバランス、生活(業務)とのバランスが取れていれば、本当にいい音が出るのだなということを実感したのだった。

 オーディオシステムのうち一番大事なバーツはスピーカーでもアンプでもなく、やはり生活の場としての部屋だと思う。趣味なのだから何をしようと、何にのめり込もうと自由だと思う。思うけれど、生活の場としての部屋とのバランスが取れていないオーディオ趣味には品が無いと個人的には思うのだ。

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