2014-04-19 21:48 | カテゴリ:未分類
 この頃、学術論文のコピペが問題になっている。

 それを見て思い出したのが、専門学校と大学で書いた卒業論文のことだ。

 専門学校での論文は、論文と言っても、2年間に学んだ内容のまとめ。しかも電気関係の内容だったので、ほとんど自分オリジナルの文章などなく、ある意味コピペだった。記述はすべて手書き。
 グラフも自在定規を使った手書き。分厚い内容で、書き終えたときには達成感はあったけれど、論文と呼ぶにはほど遠いものだなと思っていた。論文作成と言うより写経だったなと。
 ところが、某有名私立大学の理工系、しかも大学院の論文でも、いまどき手書きが必須で、「写経」がまかり通っていた、という告発記事を見ることがあって、なんだかちょっと暗い気持ちになった。

 私は専門学校卒業後、2年半の会社員生活を経て、社会人大学に入り直し、やりたかった勉強が出来るようになった。学部は教養学部。新設校だったので科目も少なく、取れる文科系の科目は片端から取っていた。

 そんな中で、課外のサークルで臨床心理学が専門の先生と出会い、4年次の卒業論文ではその先生のゼミで臨床心理(ユング心理学)に関する文献研究を行うことにした。

 多くの文献(と言っても邦訳ばかり)を読み込んで、山のような引用をワープロでまとめあげ、先生のご自宅で行われていたゼミに参加した。私の番になり、一通りの発表が終わった後の先生の一言は

 「出来るだけ自分の言葉で書いて下さい。」

 だった。

 コピペとまではいかなくても、文献の引用を並べ、そこから自分なりに思うこと、考えることを言い述べることは自分にとってはそれほど難しいことではなかった。しかし、俗な言い方をすれば、結局それは他人の褌で相撲を取っているのあって、先生の要求していたことでは無かった。

 若い学生に対しても、いつも敬語で話す、たいへん人当たりの良い、優しい先生だったけれど、卒論で要求された内容は大変に厳しい内容だった。

 私の他にゼミを受けていた学生は、社会人として保健婦や看護師、教育の現場など、援助職として現場の経験を積まれて来られた方が多かった。そんな中で、私にはそうした体験が無い。自分や、身内の問題をそのままの形で論文にするわけにもいかない。いやいや、名前を伏せて挙げるべきだろうか、などと逡巡し、数ページ書いてはざっくり消す、また構成を考え直す、といった作業の繰り返し。論文は遅々として進まなかった。

 そんな中で更に要求されたことは

 「それは、あなたにとってどんな意味があるのですか。」

 だった。

 これは、更に厳しかった。

 臨床心理は、カウンセラーに取っても自分自身の在り方が常に問われる。カウンセラーは無色透明の存在だけでは無く、高見から人のことを分析するだけでもない。先生の質問はそういう意味でもあった。
 学部の卒論ではあるし、臨床心理の文献研究ではあるけれど、せめてここに来たなら自分にとって意味のある論文を書いて下さい、という要求でもあった。

 卒論ゼミは、4年次に取った。しかし4年次後期にそれまでの私の単位数では卒業のための要件を満たせないことが分かった。もう一年、数単位の取得のために5年目をやることになった。
 卒論については、とりあえず提出してしまえば4年次で終わりだった。しかし、それでは納得のいく卒論を提出することができない。先生に相談し、不合格ということでもう一年、やらせていただくことにした。

 提出した卒業論文は、今読み返すと大したことはないけれど、我ながら結構面白いなと思える視点があったり、何より25年経った今では自分の実になっているところが多いように思う。というか、もしかしたら試練を通した一種の個人的な「通過儀礼」だったのかもしれないとも思う。

 丁寧な指導の下、自分の言葉で、自分のために論文が書けたことは本当に有り難いことだった。

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