2009-10-12 23:53 | カテゴリ:読書
 以前に購入していた「哲学は人生の役に立つのか」(木田元 PHP新書)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4569700896_1.html
を今日読み終えた。
 哲学書ではなく、哲学教授が書いたエッセイなので、とても読みやすかった。ただし、「哲学は人生の役に立つのか」という本のタイトルのテーマについてはさっぱり見えてこない本だった。
 工学、教育学、心理学、医学、建築学、どんな学でもそうだろうけれど、その学を元手にしてメシを食っているのなら、最低でも「飯が食えている」というだけで自分の役に立っているわけで、哲学の専門家であれば「哲学が役に立っている」ということは言うまでもない。

 それは抜きにしても、エッセイとしてはとても面白い本だった。
 筆者は戦前に海軍兵学校に入学し、戦後の混乱期、ソ連に抑留されていた父親のかわりに闇屋やテキ屋、相当ヤバい仕事をしている。その生き様が淡々と描かれていて驚かされる。
 
 筆者は闇屋では相当な金を稼ぎ、その金でとりあえず山形の農林専門学校に入学。しかし態度は荒れていて、私はそれについてのエピソードがこの本の中で一番面白かった。
 筆者は農林専門学校に入学直後、授業もはじまらないうちにカマを持たされて学校の農園を作るという実習をさせられる。ところが筆者は友人たちとダベって作業をしない。そこに元陸軍中尉だったという助手が来て
 「鎌もロクに使えないくせに喋ってばかりいてなんだ!」
 と怒鳴りつける。筆者は
 「なにを言ってるんだ。こっちはそれを習いに入ってきたんじゃないか。教えもしないでいきなり働かせるとはなんだ!」
 と逆に脅しつけ、助手は逃げだす、という一幕だ。

 闇屋で危なっかしい連中を相手にやりあってきたから迫力があったのだろうと書かれているけれど、確かに理屈としては筆者のほうが通っている。
 終戦直後のことは私は知らないけれど、なんとなく、こういう時代だったのかなぁということは想像できる。
 元下士官の助手は、旧態依然で上意下達を強制するが、闇屋で鍛えられた元兵学校生は自分の頭で物事の裏まで考え、主張することを身につけている。

 筆者の父はその後復員し、筆者はそれを機に猛勉強して哲学の道に進む。闇屋体験が哲学の道を歩むことになるきっかけであることは簡単に書かれているけれど、あまり詳しくは書かれていないのは残念だ。

 この本では、その後筆者がやってきた哲学の仕事について簡単に触れられ、特にハイデガーをとりまく哲学者たちについては分かりやすく、多少下世話な話も含め、語られている。

 最後のまとめでは、筆者は結局好きなことをやってきたのであって、だからこそ、のめりこめた。それはある意味遊びなのかもしれない。ニートが多い時代だけれど、好きなことをやるのが一番だろう、というような終わり方であった。結局、哲学が人生の役に立つかどうかの説明はほとんどなしで少々肩すかし。

 実存哲学は個性記述こそが全て、というわけではないと思うのだけど。

※MIXI日記より転載

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